はじめに
福島県立大野病院事件の医師逮捕の映像は衝撃的なものがありました.日々,忙しい中,診療に従事している医療従事者にとっては言いようもない思いがありました.これを機に一気に「医療崩壊」に突き進んだのです.この時の激震が医療界をパニックにし,正常な判断能力を麻痺させたと言えなくもありません.大野病院のショック,マスコミのヒステリックな医療バッシング,ただただ周囲からの圧力に押されるがままに,第三次試案・大綱案が作られました.
この第三次試案・大綱案は医療者の責任追及に直結する容認しがたい内容を含んでいました.第三次試案・大綱案が現場の反発を招いたのは当然の結果と言えるでしょう.医療現場からの立ち去り,リスク医療の回避,まさに「医療崩壊」の流れとなりましたが,同時に政権交代の流れにもなったのです.その後,女子医大事件,杏林割り箸事件,大野病院事件の無罪判決が出され,司法への信頼も回復に向かい,「医療崩壊」も一段落します.医療事故調問題も過去のものと皆が忘れかけていたときにも,この問題は進行し続けていたのです.医療事故調問題は誤った方向に進行していました.この流れに危機感をいだき,この問題の解決に向け先頭を走ったのが日本医療法人協会です.平成25年5月29日,厚労省は「医療事故に係る調査の仕組み等に関する基本的なあり方」を強引にとりまとめ,医療法改正に突き進みますが,医療法人協会は先頭に立って反対運動を展開,厚労省との協議を経て,大幅修正のうえ,改正医療法は公布されました.医療事故調制度は,この立法過程で,WHOドラフトガイドライン準拠の医療安全の制度としてパラダイムシフトしたのです.医療事故調制度が医療安全の制度として構築されるのとセットで,医師法21条についても,厚労省は,行政として外表異状を明示するとともに,死亡診断書記入マニュアルもこれに沿うように改訂しました.改正医療法は,妥当な内容の法律に仕上がりましたが,施行の詳細にかかわるガイドライン作りが難航します.厚労省は,「医療事故調査制度の施行に係る検討会」(検討会)を組織,この検討会では,「医法協医療事故調ガイドライン」が実質的なたたき台となり,医法協案を軸に,平成27年3月20日の検討会合意に至ります.検討会合意を受け,医療法人協会は,日本医療法人協会「医療事故調運用ガイドライン」最終報告書(医法協運用ガイドライン)を公表しました.
本著書は,改正医療法,改正医療法施行規則,医政局長通知,3月20日検討会合意の基本となった医法協案に基づき,医法協運用ガイドラインの骨子をわかりやすく解説したものです.著者は,厚労省検討会構成員および医法協運用ガイドライン作成委員会メンバーです.医療現場にただちに役立つ内容となっており,本年10月の制度施行に備え,みなさまの種々の疑問点にお答えできるものと思っています.
2015年10月
小田原良治