序
本書の発想は2012年に遡る.当時日本小児救急医学会理事長であった市川光太郎先生から同年1月早々に原稿依頼が発送され,小児診療において直接命に関わるわけではないが,すぐに対応をしなくてはいけない「マイナートラブル」についての見やすい,読みやすい,手に取りやすい,そして救急室で大事にされるハンドブックを作りたいという手紙が添えられていた.
以前より市川先生は,「小児救急医療は,小児科医療の枠を超えて小児内科的危急疾患のみならず小児外科的危急疾患も含めたものでなければならず,かつ病を診るのではなく,病を持った人を診ることに徹して保護者の心配・不安に寄り添うものでなければならない」ことを提唱しておられた.そこで,本書にもそんな市川先生のお考えが反映され,執筆者は小児科だけにとどまらず,小児のマイナートラブルにかかわる種々な診療科の先生が網羅されている.そして,小児診療に関する現場での臨床経験豊富な分担執筆陣が上記の市川先生の指令に応え,鎬を削って公開したclinical tipsの集大成が本書である.さらに,本書の各項目の冒頭には「最初に診るべきポイント」「すぐにするべきこと」「してはいけないこと」が示されているが,本書が他書と異なる最大の特徴は「してはいけないこと」の記述にある.これは長年の臨床経験がある人でないとなかなか指摘できない部分であり,小児科医のみならず小児を診る機会のある全ての医師にお勧めできるハンドブックであり,再々遭遇する事例ばかりではないからこそ救急室や病棟に常備しておけば心強い.
現在では医学といえども自然科学であるという考えから客観的なエビデンスが重視され,様々なガイドラインが刊行されているが,一方で医学は個体差をもつヒト(患者)を対象とする人間科学的側面をもつことは無視できない現実である.本書の構想から7年以上の歳月が経過してしまったが,紆余曲折を経て出版を英断された中外医学社に敬意を表するものである.執筆の先生方がご自身の臨床経験の上に築きあげてこられた「極秘の技」の前には,構想から出版までの期間は誤差範囲に過ぎないといえよう.ただし,秘伝書を単なる職人の技だけで終わらせず,さらに症例を積み重ねて根拠をもった理論に体系化していくことも残された我々に課せられた課題であることは肝に銘じたい.
残念ながら,市川先生は2018年10月11日編集作業の半ばにして鬼籍に入られ,後任の日本小児救急医学会理事長である私がそのご遺志を引き継ぎ,この度上梓の運びとなった.誠に感慨深いものがあり,本書を故市川光太郎先生の墓前に捧げるものである(合掌).
2019年2月
一般社団法人日本小児救急医学会理事長
京都第二赤十字病院副院長・小児科部長
長村敏生