序文
―内科病棟を楽しむために―
初期研修における内科の病棟回診はとても大切だ.看護師を含めたコメディカルスタッフから電話などで問い合わせも頻回にあるだろう.そのためには常に受け持ち患者さんの状態を把握している必要がある.しかし患者さんは自分たちよりも経験者か年配のことがほとんどだ.状態が悪そうな時には話しかけづらい.また認知症などで会話が成立しないことも多い.だが,そんな大変な病棟回診を先輩たちは粛々とこなしていることに気がつくだろう.上級医や指導医を含めた先輩たちは日々の仕事がおもしろくなる極意をいろいろと身につけているのだ.この本では,そのような他の本にはあまり記載されていない先輩たちの“病棟回診の極意”を学んでもらいたい.
第1章では,初期研修医が病棟回診で知っておくとよいことをまとめた.医学的な内容というよりも処世術に近いかもしれない.私自身が初期研修医時代に知っていたらよかったのにと思う内容を記載したつもりである.
第2章では,内科のコモンな疾患について記載した.他の診療科での入院中に合併したという場合にも参考になるはずだ.特徴は,コモンな疾患の入院後に着目したことである.経過表などを記載した本は少ないので,一度目を通しておくと目の前の患者さんの経過が典型的なのか非典型的なのか,などの判断材料になるだろう.そういう想いで記載したので詳細について物足りない点についてはご容赦願いたい.
第3章では,教えてくださる上級医や指導医や招聘講師など先輩方がいる環境はあっても,その機会を十分活用して自分自身の成長につなげるチャンスに昇華できていない,そのような残念な状況を,充実した研修に変えてもらうための内容だ.記載内容は汎用性のある極意に限定したつもりだ.それぞれの研修環境は異なるので,自分たちの環境にあてはめて利用してほしい.
私は初期研修医のときに本書の共同執筆者であるジョエル・ブランチ先生に指導をして頂いた.初期研修を開始するにあたって,病歴聴取や身体診察が大切であること,そして鑑別診断をもとに検査を取捨選択することを学んだ.この大切なことを医学部時代に学ぶ機会があったとは思うが,必要性については理解できていなかったかもしれない.
ジョエル・ブランチ先生から学んだことが実際の診療で患者さんにあてはまった瞬間の躍動感が現在の臨床医としての原点かもしれない.自分で患者さんから話を聞いて病歴聴取する.そして,触って身体診察をする.その中でプロブレムリストをあげる.鑑別診断を考え,検査を行う.検査や経過も含めて診断があっていても異なっていても,ワクワクしながら診療することができる.医師は自分で考え,手を動かして治療する.コメディカルスタッフや患者さんや家族含めた仲間とチームワークを発揮する.医師は人間であり,機械ではない.検査は大切だが,考えないと機械が得た検査結果に圧倒されてしまう.そんなことも知らずに私は医学部を卒業した.
この本を読む先生方がジョエル・ブランチ先生の大切にしている極意を学び,内科研修を楽しんで頂ければ幸いである.
2020年12月
西口 翔
Preface
―Let this book be your compass―
私はこれまで15年以上にわたって数えきれないほど多くの医師教育にたずさわり,また教育そのものについても様々な点を改善してきた.しかし多くの改善にもかかわらず新人医師たちには,まだまだ適切な臨床的知識や経験が足りてはいない.
医学生や初期研修医の多くは上級医が行う問診や診察を見ているだけで,患者さんが望むベッドサイドでの作法を学ぶための専門的かつ適切なトレーニングを受けていない.「医療という荒波を渡っていくための地図やコンパスがない状態で」研修をはじめなくてはいけないのだ.
この本は私と西口医師と協力して作成した.症例を通して実践的な臨床を学んでもらうこと,そして毎日の臨床に役立つ様々なパールを提供することを目的としている.患者さんへのアプローチ,振る舞い,ふさわしい敬意の表し方などのプロフェッショナリズムについて記載した.患者さんは,自分の話に耳を傾け,人生に関する問題を尋ね,丁寧に診察をし,豊富な知識をもった医師を望んでいる.あなたが家族に受けさせるだろう治療を,患者さんも受けたいと望んでいるのだ.
多くの読者は,内科は難しいと考えているかもしれない.それは正しくもあり,正しくないともいえる.基本的なやり方は決して難しくはない.あなたが病歴テンプレートや身体診察技術に精通し,鑑別診断作成のためのプロブレムリストを用いることなどを心がけて取り組めばよいのだ.病気の知識は常にアップデートしており医師は全てを知ることはできないが,知識はEBMテキストや論文などを読むことで得ることができる.最近は電子媒体で提供されている.ただ,幅のある知識をもつことは重要であるが,基礎となる骨組みを作ってからでないと正しくそして効果的に生かすことができない.この本はそのような骨組みを提供している.
レアな疾患をみつけることに固執しないほうがよい.日常診療で扱うコモンな疾患が圧倒的なのである.この本はそのような事実を正しく理解をするための手助けになるだろう.
診断するための情報の集め方や扱い方の骨組み,身体所見の重要さ,いかに診断プロセスと的を絞った検査や治療をするか,などについてこの本は大切にしている.
私はあなたの医学の世界での成功を願っている.患者さんは人間であり,彼らにふさわしい診療や配慮が求められている.多様であり,個々に求めるものが異なっている.“コピー&ペースト”な皆同じ診療ではなく個々に合わせたテーラーメイドの治療が必要なのだ.自分が患者さんにすることにプライドを持って,ただし天狗になってはいけない.いつも謙虚であれ.医療は自分たちよりも恵まれない人たちを助けるという使命感であることを忘れてはいけない.使命感があなたの教訓として診療の羅針盤となるはずだ.目の前の患者さんのために懸命に,そして常に善意であなたの力を発揮すべきだ.
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これまで,徳洲会グループの前理事長である鈴木先生,現SKGH院長の篠崎先生,院長代行の小林先生には大変お世話になりました.その他すばらしい方々のご支援に加え,この短い文章の中では伝えきれなかった多くの方々のご支援がなければ,実現しなかったでしょう.皆さんの友情,サポート,そして心を開いてくださったことに感謝します.
2020年11月
ジョエル・ブランチ