巻頭言
巻頭言を書かせていただくにあたり,著者山本大介先生と私の関係について触れることをお許しください.端的に申しますと,私はALS患者で,山本先生は私の主治医です.レスピレータ管理下で入院しながら仕事をしている私の病室に,先生は毎朝回診をしてくださっています.私は,横浜市立大学医学部放射線医学講座の主任教授をしておりました3年余り前,定年退職を目前にしてALSと診断されました.そして退職後に現職に移り,症状が進行して入院する事になった2年半前に山本先生にお会いしました.日々先生にお世話になり,先生の優れたお人柄を知る立場で先生の著書を拝読し,巻頭言を書かせて頂くことは,医学教育に携わっていた者の一人として大きな喜びです.
山本先生から著書『みんなの脳神経内科』をいただいて,その第1章を読んだ時,医学書を読んでいるという感覚ではなく,まるで一般向けの教養書を読んでいるような錯覚に陥り,引き込まれるように,次のページ,そしてまた次のページと読み進んでいる自分に気づきました.おそらく,読者の多くが同じようにお感じになることと思います.著書全体が,先生が私たちにわかりやすく語りかけるような文体で書かれています.しかも,プライリケアで診療されている研修医や専攻医の先生方が興味をもたれる課題を各章のタイトルにし,その章の最初に,山本先生が何を伝えたいのかを「テーマ」として明記している点が読者の興味を引きます.続いて疾病の病態,診断,薬物の機序を含む薬物治療の説明,さらには患者さんやご家族への説明など,実際の診療の流れに沿って具体的で優しく展開されるその語り口は,「山本ワールド」に若い先生方を引き込んでいくことでしょう.
私は大学で放射線医学の教育に携わっていたこともあり,第3章の「頭部MRIを,自信を持ってプレゼンする7 Rules」と第12章「パーキンソン病:臨床に役立つ総論」の中の〔MRIと核医学検査〕を特に興味深く読ませて頂きましたが,どちらもとてもわかりやすく,要を得たものだと感心いたしました.
一方で,患者の立場としてこの著書が医学書として強く訴えるものがあると私に感じさせたのは,山本先生が「これだけは読む先生方に伝えたい」という点を,単なる知識としてではなく,経験に基づいた先生ご自身の言葉として語ってくださっていることにあると思います.この著書の中には,「ガイドラインでは強く推奨はされていませんが……」と前置きされて,先生が勧める診療の具体例を記述されているところがあります.健康で医学部の教員であったかつての自分でしたら,エビデンスレベルが低く,医師の経験に基づいているという印象を受けるこのような記述は好まなかったかもしれません.しかし,今では心打たれるようになっています.医療界では王道とされるEBMは,ALSという難病に抗う人生を送る一人の患者としてはそれほど意義を感じるものではなく,目前で対処していただける診療が自分に合うかどうかという結果がすべてだからです.
この素晴らしい著書を多くの研修医,専攻医そして開業医の先生方が手にとることで,脳神経症状で苦しむ患者さんやご家族に貢献される事を願ってやみません.
2021年4月
湘南鎌倉総合病院 先端医療センター長
井上 登美夫
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はじめに
私は悩める臨床医の一人です.大学医局には属さず,市中病院で臨床研修と専門医研修を終え,現在は専門医として日々診療を行っています.市中総合病院のいち脳神経内科医として,患者さんの治療方針で悩んだり,患者さんや家族との感情的な問題で悩んだり,自分の家庭のことで悩んだり,アカデミックな活動について悩んだりしながら,日々を過ごしています.どんな仕事をしたいのか? どんな仕事をすべきなのか? 臨床だけでいいのか? アカデミックな活動はしないといけないのか? それらの問いについても,もやもやする感情はいつまでたっても晴れることはありません.
この感情は,いずれの医師の心にも程度の問題はあれ,ある程度住みついている感情であると思います.様々な分野で,他の「一流な」誰かが活躍している様をみて,「それは自分とは違う,比べるものではない」,とは,頭では,理屈では理解しながらも,それを全く無視して処理できるほどに,自分の「本当に大切なこと」「本当にやりたいこと」を整理して,自分の仕事の中で実践できているわけではありません.
そんな中で,それでも私は臨床医としていい仕事がしたい,という想いで日々臨床に携わってきました.一方,脳神経内科の臨床以外の仕事では,前職の聖隷浜松病院,現職の湘南鎌倉総合病院で,臨床研修医・内科専攻医の教育の仕事も続けてきました.もやもやした感情の私ではありましたが,「教育」の仕事は,どうやら比較的しっくりくるものでした.「教育」に関わる仕事は,私の仕事の中で「楽しい」と思えましたし,「これには意味があって,誰か(若い先生たち)に喜んでもらえて,実際に誰か(医師・患者・病院)の役にも立ついいものだ」と,素直に腑に落ちてくるものでした.少しずつ,教育で誰かに貢献できることにやりがいを感じるようになってきました.また現実的に,ここまで勤務してきたようなtraining hospitalにおいて,教育を通じてどのように若い医師に魅力ある病院として支持してもらい,病院を盛り上げていくのか? というテーマは,病院にとっても非常に重要なテーマである,とも認識するようになりました.
さて,本書についてです.ここまでずっと,「一流」とは程遠い,「三軍」な医者として自分の仕事のあり方にも,もやもや悩みながらやってきました.しかしながら,むしろそんな自分にしか書けないような,教育のためのテキストを書こう,という想いで本書をまとめさせていただきました.誰かからレクチャーを受けるとき,実際の「臨床の生々しい情報」を得られることが私自身一番,嬉しいです.「三軍」脳神経内科医だからこそ発信できる,生々しい言葉で語られるテキストは,私らしい仕事だろうと考えました.本書の内容は,脳神経内科臨床の基本的内容であり,特段特別な内容でもありません.それらをわかりやすく,レジデントや非専門医の先生にも役に立つ内容として伝えられたらと考え,「みんなの脳神経内科」と,タイトルをつけています.書いてみると,執筆活動はかなり苦痛で,そこまで楽しいものではありませんでした.しかしながら,ここまで述べてきたように,「こんな自分でも,教育を通じて,誰かのためになる価値のある仕事がしたい」という願いが,執筆を続けられた原動力であったと思います.
本書の内容のプレゼンテーション資料はオンライン(Antaa slide)で公開されています.本書で勉強していただき,自由にスライドを活用していただきながら,また他の誰かにも本書の教育をシェアしていただけるならこんなに嬉しいことはありません.
2021年3月
湘南鎌倉総合病院 脳神経内科
山本大介