推薦の辞
『ER診療羅針盤』の発刊誠におめでとうございます.
ER診療は,新臨床研修制度において初期臨床研修医が学び,習得すべき医師としての技量の根幹となるものであることは疑う余地がありません.またそれは同時に,医師を志した者にとって生涯にわたり身につけておくべき技量でもあります.
本書は,ERという多種多様な疾患に遭遇する,しかも一刻も無駄にできない状況下での診療を体系的,効果的に指導教育する指針として書かれております.
私の個人的な経験では,救急車が年間2,000台から3,000台程度つまり1日当たり10台ぐらいまでであれば,ある程度医師個人ごとの診療技術で対応可能でありますが,5,000台を超えるレベルになると総合的に対応できる救急専門指導医の指導教育がなくては対応できない印象があります.
これからの高齢化社会を取り巻く医療環境,働き方改革のもとにおける医師勤務環境においては,やはり医師になりたての知識の豊富な,何事もスムーズに吸収できる初期臨床研修医時代に正しい指導を受けることが重要であり,そのことが今後の地域社会における医師の使命達成に繋がるものと考えられます.
そして,それを可能にするためのツールが,今回執筆された本書であると確信しております.ぜひ一度本書を手に取り,その記述内容を確認してみてください.必ずやER診療の“羅針盤”となることが実感できます.
今後,本書がER診療の現場に広く行き届くことを祈念して推薦の辞とさせていただきます.
2021年春
新百合ヶ丘総合病院院長 笹沼仁一
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巻頭言
救急外来は重症度や診療科に関係なくあらゆる疾患が来院する.救急外来に搬送される患者を短時間で重症度を見極め,必要な救命処置をしながら,検査の順番を組み立て診断していくのは,臨床医としての醍醐味である.初期研修医が救急外来での診療を経験することは,臨床研修の場として非常に重要である.新臨床研修制度において,救急外来での研修の必修化の流れは,将来どの診療科を選択するかに関係なく基本的な救急疾患を診察し手技を習得することの重要性を一般社会が認識したためと思われる.
著者はER診療を始めて15年以上の歳月がたち,現在でも年間約7000台の救急車が来院する施設で救急診療の第一線に従事している.毎日多くの救急患者を研修医と共に診療する中で,研修医たちは救急外来に押し寄せる多数の傷病者の波に翻弄されながら,試行錯誤しながら診療をしている.研修医たちも救急外来での診療において重要な一員であり,多数の患者が押し寄せる救急外来では,指導医自身も手が回らず,研修医と1例1例丁寧にディスカッションしながら教えられないのも現状である.
指導医であるわれわれも忙しい救急外来で千差万別の救急疾患を相手にどのようにしたら一定の診療手順を踏んで体系的に教育できるか,どのように指導するのが効果的か長年悩み,そのような経験を元に,救急外来での診療手順をまとめて教育できるシステムの構築を試みた.
JATEC(Japanese Advance Trauma for Evaluation and Care)は,外傷初期診療コースとして本邦で広く認識された優れたコースである.われわれは,このJATECをプロトタイプとして,全ての疾患をABCDEアプローチによる診療スタイルで診療できないか模索した.救急で来院する患者を,ABCDEアプローチによるPrimary Surveyで生理学的異常を検索し,その異常に対して「蘇生」を行い,全身を系統的に診療するSecondary Surveyにより解剖学的異常を診断し,その異常を基に治療することは非常に有用であるという結論に達した.この診療スタイルを研修医に教えることは系統的に診断し治療する上で非常に有用と思われる.
本書はこの救急外来での診療スタイルとして,JATECの診療に準拠し,あらゆる疾患に対して重症度に関係なく診療を行う上での指針である.また,随所に臨床をしていてふと疑問に思ったことをQ&Aで示した.
本書がER診療という大海原の中で,進むべき道を間違わないように方向を指し示す「羅針盤」になることを確信して執筆した.
伊藤敏孝