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書籍詳細

研修医メンタルヘルス解体心書

研修医メンタルヘルス解体心書

鈴木裕介 著 / 清水真祐子 著

A5判 152頁

定価3,300円(本体3,000円 + 税)

ISBN978-4-498-14864-2

2025年06月発行

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医師になって最初に学ぶべきは“自衛のスキル”
初期研修・後期研修において,体調の不良やメンタルヘルスの問題にどのように対処していますか? 社会人としてのファーストキャリアである臨床研修は,ファーストアタック(はじめての挫折)やダブルバインド(職場では新人,患者からは信頼される医師)など,未体験の事象に満ちています.また,クラッシャー上司につぶされたり,ブリリアント・ジャークに振り回されたり,個人の努力だけでは克服困難な問題にも直面します.そして,医療の世界を生き抜いてきた強者からのアドバイスは,ときに「生存バイアス」にあふれており事態を悪化させるかもしれません.本書には,これまでの惰性の常識を吹き飛ばし,真に自身を守るコツが満載されています.苦しくなる前に,ぜひ手に取ってみてください.

はじめに

「研修医の4人に1人がうつになるらしい」

 そんな「ウワサ」を耳にしたのは,現在の臨床研修制度が始まってしばらくしてのことでした.当時学生だった僕は,卒業したらそんなヤバい環境に身を投じないといけないのかとビビっていました.5年生時の病院実習が全く肌に合わず,病院に行きたくなさすぎてお腹が痛くなるようなことも度々あったので,「卒業するのイヤだなあ」とわりと本気で思っていました.

 冒頭の「ウワサ」は,2004年に前野先生のグループが行った,研修医のストレスに関する調査でのことです.1年目の研修医の実に35.8%が,研修開始2ヵ月後に「抑うつ状態」であり,そのうち新規にうつ状態の人の割合は25.2%でした1).また,抑うつ状態になった研修医の約11%が医療事故を起こしそうになったことが「まあまあある」「よくある」と答えたという報告2)があります.

 そうした高ストレス環境が明らかになり,勤務時間の減少などの措置が図られたこともあり,2011年の同様の研修では,研修開始3ヵ月後での抑うつ状態の研修医は30.5%(新規うつ状態率 19.6%)と改善が見られています3).しかし,そもそも日本人全体の抑うつの割合が15.2%であること4)から考えても,臨床研修医というのはメンタルヘルス的には超ハイリスクな職業だと言えるでしょう.

 さて,これは日本だけのことなのかというと,そうでもありません.JAMAの2015年のメタアナリシスで「研修医のうつの割合は28.8%」5)と報告がありました.研修医のメンタルヘルスリスクの高さは全世界に共通するものであり,知的な生産活動の中では「最もメンタルヘルスリスクが高い職業の一つである」と言われています.過酷な環境であることがわかっている以上,しかるべき準備・対策が必要ですが,残念ながらこうした問題に対する医療現場の理解や対策は十分とは言えません.医師は一般の人よりもメンタルヘルスの知識に明るいはずなのに,医師自身のケアはしばしば後回しにされ,まさに「医者の不養生」を地で行くような状態となっています.なぜなのでしょうか.
一般的に,初学者が危険を伴う営為を習得するにあたって,最初に学ぶのは「自衛のスキル」です.格闘技であれば「受け身」,スキーやスケートであれば「減速」や「安全な転び方」を習得するところからスタートするでしょう.しかし,メンタルヘルスリスクが高いとされている医療の現場なのに,そのような自衛の技術を最初に習得する機会や習慣はありません.実に不思議なことです.短パン・サンダルで富士登頂を目指すかのようです.

 また驚くべきことに,勤務医の40%が,自分自身の体調不良について他の医師に相談を全くしないのだそうです6).世代や診療科によっては,「医師は強くあるべき」「メンタルヘルスの不調を感じるのは甘え」といった価値観が根強く残っているところもあるように思います.その場で生き残り続けている「強者」の事例のみを基準に判断して,物事の本質を見落とす傾向のことを「生存バイアス」と言います.事故から生還した人の話だけを聞いて,「その事故はそれほど危険ではなかった」と判断することはできません.むしろ,医療現場にこそ,メンタルヘルス問題に対する偏見が根強く残っているのかもしれません.

 そして,そのような環境の影響を受けて「メンタル不調は甘えだ」という価値観を内在化させてしまった人が,ひとたび精神的に危機を迎えると,それはたちまち自らを追い詰める刃になります.適切な相談やサポートを求めることを困難にして,孤立を深める要因になっていきます.特に,医師として圧倒的に立場の弱い研修医は,自分の悩みや不安を同僚や上司に伝えづらく,心理的なサポートを受ける機会はさらに少なくなるでしょう.また,適切に休むことやヘルプを求めることが,「プロとして求められる高度な技術」であることも,教えられる機会が乏しいのではないかと思います.

 申し遅れましたが,私は秋葉原で心療内科のクリニックをやっている鈴木裕介と言います.ゲームとコンテンツ好きが高じて,ゲームの「セーブポイント」のような安心と回復の拠点ができたらいいなと思って「saveクリニック」という名前をつけました.ゲームの喩えとかがちょっと多いかもしれませんが,そこは何卒ご了承ください.過去には高知県で研修医のメンタルヘルス支援の仕事をしていたりしました.

 この書籍では,こうした研修医のメンタルヘルスにおける現状に光を当てるとともに,医療現場での具体的な支援のあり方についても触れていきたいと考えています.なぜならば,メンタルヘルス問題は決して個人の弱さによるものではなく,厳しい労働環境や組織の構造から生じるものであり,個人の努力だけで克服することは困難だからです.

 そもそも,メンタルヘルス課題は,個人の問題で解決するものではなく『マネジメントの課題である』という認識も十分であるとは言えません.メンタルヘルスとマネジメントの関係は雨と傘のようなものです.降り止まない雨から濡れないよう身を守るために,一人ひとりが持っている傘の帆を少し大きくしたり,傘の骨を少し丈夫にしたりすることはできるでしょう.しかし,セルフケアスキルの上達による対処には限りがあります.傘をさしている現場の人間に,雨を止ませることはできないからです.

 自らに降ってくる仕事を止めることができるのは,仕事の量をコントロールする権限を持っている者,つまりマネジャーだけです.しかし,医療現場において90%以上がプレイングマネジャー,つまり,多忙な日常業務もこなしながら部下や同僚の管理もしないといけない立場にあります.止むことのない患者や地域社会のニーズや,経営層として収益を確保しなければならないプレッシャーのさなかで,「職員を守るためにいったん業務を縮小しよう」という意思決定を取れるマネジャーは稀だと言わざるを得ません.
本来,組織で取り組むべき重要課題であるにもかかわらず,最も立場の弱い個人の要因に帰結して,有効な組織的対策が講じられにくい点も,非常に大きな問題だと感じています.現に,約7割の事業所の経営者は,メンタルヘルスの悪化の原因は「個人の性格の問題」だと回答しています7).

 「権力の強い奴が,いろんな不都合を権力の弱い奴のせいにできてしまう」という構造の典型で,「まあ,あいつが弱かったよね」で済まされてしまう現実がある,ということも心得ておかなければいけません.

 本書は研修医の先生方向けにセルフケアとその前提になる知識などをお伝えする内容が中心ですが,メンタルヘルスとは基本的に組織の課題であり,個人でできることには限りがある,ということは忘れないでいただきたいのです.もっと言えば,あなたが職場で心を病んだとき,それがすべてあなた一人の責任である,というケースはほとんどありません.このことを,ことさら強調しておく必要があります.

 研修医としての日々の診療に向き合う中で,心の健康がどれほど重要であるかは言うまでもありません.メンタルヘルスに習熟することは,個人を守るだけにとどまらず,将来的な臨床力の向上にもつながると考えています.どの診療領域に進んだとしても,心の問題に全く関係のない患者さんはほとんどいません.もっと言えば,心に関するリテラシーの向上は,ありとあらゆる人間関係に応用可能であり,個人の幸福度を高めるものです.そのために必要と考えられる知識や考え方,具体的なTIPSなどを医療・臨床心理学・教育学・経営学などあらゆる領域から網羅的に引っ張ってきた,というのが本書の特徴です.メンタルヘルスに関わる臨床家として,自ら実践して効果を実感している内容だけを載せています.実効的かつ根本的な問題解決につながるような内容を心がけました.そして,いま実際に研修医としての苦悩を肌で感じている世代である清水医師と共同で筆を執っており,ヒアリングやディスカッションを重ねながら「現役世代」のリアルな声を反映できるよう努めました.また,少しでも楽しんでいただけるように,本書の中にいくつか伏線を散りばめています.

 臨床研修は決して容易ではない道のりですが,その旅路を少しでも楽にするための「冒険の書」として携えてもらえたら,これほどうれしいことはありません.

鈴木裕介


参考文献
1) 前野哲博,中村明澄,前野貴美,他.新臨床研修制度における研修医のストレス.医学教育.2008; 39: 175-82.
2) Yoshino S, Sasahara S-i, Maeno T, et al. Relationship between mental health of Japanese residents and the quality of medical service. The Society of Physical Fitness, Nutrition and Immunology. 2007; 17: 3-11.
3) 瀬尾恵美子,小川良子,伊藤 慎,他.初期研修における研修医のうつ状態とストレス要因, 緩和要因に関する全国調査 ―必修化開始直後との比較―.医学教育.2017; 48: 71-7.
4) 島 悟,鹿野達男,北村俊則,他.新しい抑うつ性自己評価尺度について.精神医学.1985; 27: 717-23.
5) Mata DA, Ramos MA, Bansal N, et al. Prevalence of depression and depressive symptoms among resident physicians: a systematic review and meta-analysis. JAMA. 2015; 314: 2373-83.
6) 日本医師会 医師の働き方検討委員会.勤務医の健康の現状と支援のあり方に関するアンケート調査報告書.令和4年6月.https://www.med.or.jp/dl-med/kinmu/202206kinmui
kenko.pdf(2025年5月閲覧)
7) 労働政策研究・研修機構.調査シリーズNo.100 職場におけるメンタルヘルス対策に関する調査.平成24年3月30日.https://www.jil.go.jp/institute/research/2012/100.html(2025年5月閲覧)

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目 次

CHAPTER 1 研修医メンタルヘルスのあらまし
医師のメンタルヘルスリスク
初期研修医特有のストレス
後期研修医のリスク

CHAPTER 2 ストレスを理解するためのモデル
ストレスとは何か?
ストレスそのものが悪いわけではない
ストレス反応を理解する
心身相関とアレキシサイミア
アブセンティーズムとプレゼンティーズム
デイリーハッスルズにも注意
休み方とリズム

CHAPTER 3 過剰適応
過剰適応とは何か?
過剰適応の対策
うつになりやすい「性格」
フォーン反応

CHAPTER 4 自らのタイプを知る
外向と内向
FFS理論(拡散性と保全性)
愛着スタイル

CHAPTER 5 医師のキャリアとメンタルヘルス
キャリア不安とメンタルヘルスの関連
2つのキャリア観−「専門医取得は『キャリア形成』か?」
専門性の定義
アドバイスを聞く相手を選ぼう
内的キャリア観の道しるべ
キャリアにおける「リスク」との付き合い方
平時から退路のことを考えておく
「休職」「退職」「転職」の3つは早めに経験したほうがよい
「やめどき」を考える
とはいえ,仕事はしょせん仕事ですから

CHAPTER 6 支援職に不可欠な対人査定スキル
「クラッシャー上司」を知る
ブリリアント・ジャーク
機嫌の問題について
ハラスメントについて
クラッシャーにならないための「権力学」
ヨコの成長とタテの成長
成人発達理論
関係性と期待のアセスメント
信頼できる人をどう見抜くか

CHAPTER 7 セルフケアと休み方
セルフケアとは
コーピングリストをつくる
由緒正しき呼吸法
身体を用いたコーピングの有用性
ベタですが,睡眠対策とか食事も大事
食事とメンタルヘルス
反芻思考,知ってますか?
反芻対策についての基本的な考え方
72時間完全休養
感じてはいけない感情はない(陰性感情との向き合い方)
怒り感情との向き合い方
ポジティブメンタルヘルスの潮流

CHAPTER 8 サポートとリソース
リソースとは何か
ヘルプシーキング(援助希求)というスキル
組織の中にナナメの関係をつくる
組織の外にサポートを持つ
「つながる」の効能とサードプレイス
自分の聖域を持とう(情報から切り離され,自然に触れる,降りる)

CHAPTER 9 メンタルヘルスとトラウマ
トラウマって何?
トラウマと関係ない疾患はない?(ACE研究)
トラウマインフォームドケア
誰もがトラウマ当事者である
境界線を意識したほうがいい人
心と身体を分けずに診る

CHAPTER 10 対人支援職の自己肯定感
対人支援職と自己肯定感
関連概念について
「ケアテイカー」体験は,医療を目指す触媒
「傷ついた治療者」モデル
自分の課題を扱い続けること

おわりに
索引

COLUMN
サンクコストを考える
BATNAを持とう
使える資源(リソース)たち
境界線は2本

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執筆者一覧

鈴木裕介 秋葉原内科saveクリニック 著
清水真祐子 秋葉原内科saveクリニック 著

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