はしがき

　ポケットサイズの携帯エコーの登場によって，エコーは大きく二分されました．一つは専門領域の検査で，高性能の装置を用いて医師や専門領域に特化した技師が検査室で行います．もう一つは「いつでもどこでも」というスタンスのエコーで，身体診察の一環としてその場で行います．前者に比べて画質はかなり劣りますが，私たちにこれまでなかった「目」が備わりました．私は，携帯エコーの活用により医療を含むヘルスケアが大きく変革されると確信しています．
　携帯エコーの最も重要な役割は「緊急疾患のチェック」と「未病の確認」です．近年，急性大動脈解離のような緊急疾患でも約9割が助かるようになりましたが，成績は来院時の状況次第というのが実状で，ほぼプラトーに達した感があります．その壁を打ち破るためのキーは，?発症時にon—siteで即時診断すること，?未病の段階で芽を摘むことです．緊急疾患は場所と時間を選びませんから，診断に長けた人がその場にいることなど望めないことを考えれば，ICTやAIの活用でそれを補う必要があります．一方，大動脈瘤破裂を起こした患者さんやご家族からは，「ずっと診てもらっていたのに」という声を聞きます．見さえすれば見つかる大動脈瘤が少なくありません．これら2つに共通して必要なことは，ツールがもっているポテンシャルを「活かす」ことです．
　2021年，高知大学に大学院修士課程「ヘルスケアイノベーションコース」が開講しました．人，組織や社会のヘルスケアを推進するため，さまざまな課題を解決に導くイノベーションを起こせる人材の育成を目指していますが，その一環として，本書は上記の課題（ニーズ）に携帯エコーというシーズのメリットをつないで活用を促し，ヘルスケアの変革を加速したいと考えています．そのために，2つの試みを取り入れました．一つは，エコー画像という人工的な「影」を実際の姿とつなぐことです．動画の中でそういったバーチャル体験をしておくと，みなさんが実際に遭遇したときにdeja vuを感じることができるでしょう．もう一つはエコーを「理（ことわり）」とつなぐことです．理にかなった思考プロセスと広い視点で考えることが，pitfallに陥らずに正しい診断を導き，適切な方針を打ち出していくために役立つと思います．では，「2030年標準の携帯エコー」をお届けします．

2023年4月
渡橋和政

目　次

第1章　基本を識り，正常を視る

1　エコーの基本を識る
　　ヘルスケアイノベーション
　　エコーの位置づけと特徴
　　携帯エコーの位置づけ
　　携帯エコーのモード
　　プローブの種類とプリセットモード
　　プローブの持ち方と画像のオリエンテーション
　　最適条件への設定

2　心臓を視る
　　心臓への窓
　　胸骨左縁の窓
　　胸骨下縁の窓
　　超音波の通り道と心臓
　　見たいものに焦点を当てる

3　大動脈を視る
　　腹部大動脈の描出
　　上行大動脈の描出
　　弓部大動脈の描出
　　下行大動脈の描出

4　肺を視る
　　肺の含気と酸素化
　　換気のエコー評価

5　腹部を視る
　　腹部エコーの窓
　　肝・胆・膵
　　脾
　　腎

6　頭頚部を視る
　　内頚静脈と下大静脈
　　総頚動脈
　　甲状腺

第2章　原因を究め，治療を完うする

1　倒れた！
　　急性症候群
　　心タンポナーデ
　　急性心筋梗塞
　　肺塞栓
　　hypovolemia
　　急性大動脈解離
　　大動脈瘤
　　中枢神経

2　息がしんどい！
　　無気肺と胸水
　　肺うっ血
　　その他の疾患

3　おなかが痛い！
　　腸管のトラブル
　　胆道閉塞

4　尿が出ない！
　　尿産生あり（腎後性）
　　尿産生poor（腎性，腎前性）

5　熱が出た！
　　感染性心内膜炎
　　異物の感染
　　その他の感染

6　腫れた！
　　リンパ浮腫と下肢静脈瘤
　　三尖弁逆流

7　足が痛い！

8　処置のガイド
　　経鼻胃管留置
　　中心静脈穿刺

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渡橋和政　　著