序文
高齢がん患者には臨床試験の薬物療法のエビデンスをそのまま適用できないことが多い.高齢者は被験者として臨床試験に登録されることは少なく,また日常診療で遭遇する高齢者は臨床試験の登録除外基準に抵触するような様々な問題を抱えているためである.そこで,臨床医は一人ひとりの患者の副作用リスクに応じて標準用量から減量したり投与間隔を延ばしたり,併用する抗がん薬の種類を割愛することを検討する.がんの治療よりも優先されそうな問題があれば,治療の適用そのものを再考する.しかし,このような主治医個人の経験や勘に基づく個別化治療は,それが最善の結果をもたらすという保証がないばかりか,実際によい結果をもたらしたかを検証することもできない.また,高齢がん患者を対象に行われる最近の臨床試験では,高齢者機能評価を登録基準に取り入れるなどの工夫がみられるが,そもそも高齢者が多様な臨床背景をもつことを考えれば,選択除外基準で選び抜かれた患者を対象に行われた臨床試験の結果を日常診療で用いることは,やはり困難であろう.そこで,近年では,高齢がん患者の薬物療法をリスクに応じて割り振るよりも,高齢者の多様性について客観的で再現性のある評価をするにはどうすればよいか,明らかになる問題を解決するにはどう介入すればよいかに焦点があてられるようになった.
本書の前半の総論では,高齢者の多様性と高齢者機能評価に用いる具体的なツールについて解説するとともに,高齢者機能評価によって明らかになる問題に対して多職種でどのように介入すべきかを意識した内容となっている.また,後半の各論では,がん薬物療法の代表的なレジメンの注意点とコツについて解説している.実際には,高齢者の多様性および問題への介入の必要性を評価したうえで,専門医によるこれらの注意点やコツを参考にしながら臨床判断することになる.
本書が,読者の高齢者のがん薬物療法の理解と実践に少しでも資するなら,編集者として望外の喜びである.
2022年8月
安藤雄一